
テクノは、1980年代に生まれました。
以下だいたいとテキトーです。間違っていても責任はとりません。
むか~し むかし。1980年代にアメリカのデトロイトにホワン・アトキンスとデリック・メイとケヴィン・サンダーソンという3人の若者がいました。
デトロイトは、アメリカ自動車工業と共に歩んできた都市です。
GM(ゼネラルモーターズ)の本社が置かれ、労働者として黒人が大量に流入してにぎわいました。
モータウンレコードができたりしました。(ダイアナ・ロスやジャクソン5がいました。)
しかし、にぎわいの時代は終わってしまいます。そう、日本車の台頭です。そのため、デトロイトは勢いを失くし、スラム化してしまいます。
そんな中での黒人の方達の生き甲斐は「音楽」だったんですよね。希望が音楽しかなかったとかでしょうか?カッコいい!
ソウル、R&B、ジャズなどを聴いていた黒人青年が、ある日、クラフトワークなどのエレクトロニックミュージックに触れ、それを独自の解釈で表現したいと思いました。
エレクトロニックミュージックは無機質を売りにする新しいジャンルってのが発祥のドイツはじめヨーロッパそして日本もイメージしていたと思います。
しかし、そこにソウルを感じたらしいです。
もちろん、クラフトワークが使う機材はとっても高価。しかし80年代に日本のヤマハが出して普及していったデジタルシンセサイザー(DX7が有名)の影響で扱いが面倒なアナログシンセは安値で叩き売られていました。
それを買って使って見ると、なんということでしょう!デジタルシンセよりソウルのこもったいい音が出る!
そしてさらにここでも日本が。
最初、電子楽器とは生演奏用の楽器の代替として開発されます。最初はピアノの音が出るようにとか。そのうち、日本の楽器メーカー、ローランドがドラムとベースの代替シンセ、ドラムマシン・ベースマシンを作り発売して見ます。
しかし、大コケ。みんな今でも代替より本物使いますよね。全く売れず叩き売られ。
これをまたデトロイト勢が使って見ると、クラブの大バコで映える太くてカッコいい音!
ローランドの大コケマシンはダンスミュージックで伝説の迷じゃなくて名機材になりました。
そんなこんなで最初に紹介した3人の青年がテクノを始めました。
最初は理解されなかったでしょうが、当時のクラブで人気を得るような曲が出始めると、ちょうどヨーロッパではレイブwwwシーンが発達してきており、(セカンド・サマー・オブ・ラブ)、そこで受け入れられていきましたとさ。
めでたし。めでたし。
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